Twitterに限らず、pixivやtiktokなどで評価依存になってる方は多分今の時代とても多いんじゃないかなと思う。
いいねの数だったり、RTもしくはフォロワーの数。
もっと言えばフォローしている数に対するフォロワーの多さや割合とかね。
“いいねが励みになる”
“純粋に嬉しい”
こうして、評価がモチベーションアップや良い方向に働いている場合は問題ないかもしれない。
だけど、恐らくこの記事を読んでいる方はTwitter依存や承認欲求にのまれて”辛い”と感じている方も少なくはないと思う。
だから今回は私が実際に評価依存から抜け出せた方法と、根本的な解決策を話していくね。
実際に行った方法
私がやって、一番効果的だったのはアプリをアンインストール事。
そして、ブックマークを外して常にPCのブラウザ上から見るようにした。
簡単にいうと手間を掛けることで”Twitterにアクセスする手軽さ”を消して、尚且つ”目に入らないように”した。
手持ち無沙汰になるとついTwitterを開いてしまう、いいねが気になって何度もTwitterを見てしまう方は”見えない・視界に入れない事“が重要だと私は思う。
その他、無駄にフォローをしない。
特にフォロバ目的のフォローは経験上仲が深まることも少なく、精神衛生上良くないと感じてから尊敬している絵師さんや元々仲が良い方を除き極力フォローを避ける事がベターかな。
通知を全て切って、イラストを上げた後はTwitter張り付かずすぐにページを閉じるようにしたら段々とTwitterに対する興味が薄れいいねがついてもあまり気にしなくなった。
因みに通知を全部切ると、当たり前ではあるんだけどリプが来てもいいねが来ても通知マークにバッジがつくことはないし一見すると全く通知が来てないように見える。
新着の通知って結構、気にしちゃう方も多いよね。
かくいう私もlineとかの通知が溜まってるのが嫌っていうタイプだったから、リアクション通知が来ないっていうのは精神的にも凄く快適。
もし、同じように気になってつい見ちゃうっていう方がいたらぜひ試してみてね。
個人的には、評価そのものよりも前にTwitterと距離を持つことが大事だと思う。
まとめると私が行ったのはざっとこんな感じ。
◯アプリのアンインストール
◯ブラウザからのアクセス
◯リプや交流は程々に
◯通知は全てミュート
◯タイムラインは見ない
根本的な原因を探してみる
先程は私が実際に評価依存とTwitter依存から抜け出した方法をお話ししたんだけど、例え上の通りに行動しても変わらないという方もきっと多いと思う。
“もうその方法は試している”
“アンインストールしても変わらない”
“通知を切ってもやっぱり気になる”
こんな風に感じている方も多いんじゃないかな。
行動する事も大事だけど、その前に根本的な原因を探ってみることが何よりも大事。
それを考えた上で行動に移せばより効果が上がるからぜひ試してみてね。
承認欲求の原因を探ってみる
承認欲求っていうのは、本来みんなが持っている正常な欲求だから“認められたい”“褒められたい”っていうのは全然おかしな事じゃない。
子供の頃は純粋に褒めて貰うのが嬉しかったよね。
「見て!」って親や友達に見せたりさ。多分誰しも経験があると思う。
だけど、もしこの承認欲求に振り回されて‘この状態が苦しい’と感じている場合には何か根本的な問題が潜んでるのかもしれない。
突然だけど今これを読んでるみんなは“自分の事を肯定”出来てる?
中々素直にうんといえる方は少ないかも。
少し話が逸れるかもしれないけど、恋愛においてもきっとこれは同じなんだと思う。
私自身、恋愛依存症だったんだけどその時は相手に全ての価値を委ねきってた。相手から連絡が来れば好かれていて、連絡が少なくなればまるで自分の価値がないように感じる。
いうなれば相手の状況によって、私の情緒は左右されていたし不安定になることも少なくなかったと思う。
それは、私自身が自分自身を肯定出来ずに相手からの肯定によって自分の価値を保っていたから。
みんなは、どうだろう。
自分の絵が好き?自分のことを自分自身で肯定出来る?
承認欲求に振り回されないことは単純に行動を変えるだけでは難しいかもしれない。
だから、まず自分がどうしてそうなってしまうのか振り返ってみて。
そして、自分自身が肯定しない限りどれだけ他人に認められてもそれが満たされることがないって事を覚えておいてね。
自分に優しい環境を
肯定する事はとても大事。
だけど、人間は比較しちゃう生き物だよね。
特にネットの中はとても広いから自分より上手いイラストなんて検索しなくても沢山流れてくる。
きっと、比較してしまう事も少なくはないと思う。
それは画力だったりフォロワーの数、はたまたその人の人脈や反応の数。
いくら自分自身の自己肯定感を上げても外から沢山侵入されていては結局比較のループにハマっちゃうよね。
だからこそ、“居心地のいい環境”を作ることがとても大切。
極端な話、タイムラインは自分の投稿以外流れてこないように全員ミュートにしてもいいと思う。
実際私はそれを試して凄くスッキリした気持ちだった。
仲が良い人は自分が見たいタイミングでその人のツイートを見に行けばいいし、誰かのリツイートやいいねで沢山の余計な情報が流れてくることもない。
そして、他人との評価の差が気になってしまう場合はアカウントを別に持つ事がおすすめ。
これは結構実践している方も多いけれど見る専用や参考用などにアカウントを作って尊敬している絵師などをフォローするとワンクッション距離を置けるからそれも合わせてやってみるのがいいかも。
人それぞれ心地よさは違ってくるけど、自分に優しい環境を作る事を大事にしてみて。
自分と他人の境界線を持つ
そして、肯定と同じくらい大事なのは自分と他人との境界線をきちんと引く事。
よそはよそ、うちはうちって感覚を自然と持つ事が重要だと思う。
今の時代、沢山の情報や気軽な繋がりで境界線があやふやな事も多いよね。
絵を描く方は元々繊細な部分を持っていたり感受性が豊かな方がきっと多いと思う。だからこそ、他人と比較してしまったり評価に取り憑かれてしまう事もあるかもしれない。
見えない境界線を引くのは目に見える環境を変えるより大変だけど、自分の中に居場所を作ってみてね。
例えば、画廊だったり部屋だったり人それぞれイメージしやすい形で居場所を作ってみるのがおすすめ。
その他、絵柄が頻繁に変わってしまう方や描きたい絵が分からなくなってしまう方も沢山いると思う。
かくいう私もそうだったんだけど、その場合も境界線の内側を埋める様に自分が惹かれるものや絵柄や塗りを集めてみて。
部屋のインテリアを決めるように少しずつ配置していけば、自然と系統が出来上がっていくはずだから。
もちろん、人間だから模様替えもしたくなるし全然違った部屋の雰囲気にしたくなると思う。その場合は、しっくりくるまで探ってみると良いんじゃないかな。
根本ってあんまり変わらなかったりするよね。
自分といえば”これ”っていうものを見つけると、自然と精神的にもぶれが少なくなるし土台がしっかりしてくる分他人との境界線を持ちやすくなる。
私自身もまだ、探し途中だから少しずつ見つけてみる。
価値は他人に委ねない
私は自分の絵を“良い”思えるようになると、自然と“いいね”に固執しなくなった。
もちろん、上手い訳じゃないし絵描き界隈の中で比べたらよっぽど下手で、基礎もまだぐだぐだ。
だけど、上手い≠良いっていう考えは絵を描く上で一番自分を苦しめる事になるってことを意識してからあんまりそこに固執することはやめた。
自分の機嫌は自分で取れって良くいうよね。簡単な事だけど、案外見落としがちな事だと思う。
だからつい、他人からの称賛だったり評価を求めてしまいがちになってしまうかもしれない。いいねの数で誰かと競ったり、それで見下したり。それに囚われてしまったり。
だけど、他人の評価って結構曖昧なものでしょ?流行りにも左右されるし、時代にも左右される。それに案外既読感覚で付けてる場合も少なくはない。
いいねが沢山つく=凄いっていうのは、勿論そんなに間違ってる事でもないかもしれない。
高い画力や独創性があればその分だけ評価されやすいけど、それに頼りきりになるのはとても危うい事だと思う。
例え、誰かの評価がなくても自分で自分の絵を好きだと思えたらそれで良いんじゃないかな。自分で自分を肯定出来たら、きっともっと絵を描くのが楽しくなるよ。
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